大阪地方裁判所 平成元年(行ウ)8号 判決 1993年2月24日
原告
熊野実夫
同
植田肇
同
株式会社岩崎経営センター
右代表者代表取締役
岩崎善四郎
原告
川端悦子
同
小坂静夫
右原告ら訴訟代理人弁護士
井上善雄
同
坂口徳雄
同
小田耕平
同
山本勝敏
同
辻公雄
同
金子武嗣
同
田村宏一
被告
岸昌
同
永井利夫
同
西野陽
同
吉村鉄雄
同
佐々木砂夫
同
浅田貢
同
川村三郎
同
西川徳男
同
岩見豊明
右被告ら訴訟代理人弁護士
色川幸太郎
同
中山晴久
同
高坂敬三
同
間石成人
右訴訟復代理人弁護士
阿多博文
主文
原告らの請求を棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第一原告らの請求
一被告岸昌、同永井利夫、同西野陽、同吉村鉄雄は大阪府に対し、各自一四七万六五〇〇円を支払え。
二被告岸昌、同永井利夫、同西野陽、同佐々木砂夫は大阪府に対し、各自一四七万六五〇〇円を支払え。
三被告岸昌、同永井利夫、同西野陽、同浅田貢は大阪府に対し、各自一四七万六五〇〇円を支払え。
四被告岸昌、同永井利夫、同西野陽、同川村三郎は大阪府に対し、各自一一万二三四二円を支払え。
五被告岸昌、同永井利夫、同西川徳夫は大阪府に対し、各自五九〇万六〇〇〇円を支払え。
六被告岸昌、同永井利夫、同岩見豊明は大阪府に対し、各自五九〇万六〇〇〇円を支払え。
第二事案の概要
一前提事実(争いのない事実以外の、証拠により認定した事実については、採用した証拠をその末尾に掲記する。)
1 原告らは、いずれもその肩書住所地に住所を有する大阪府の住民である。
2 被告らの地位
(一) 被告岸は、昭和六二年ないし昭和六三年当時大阪府知事の職にあった。
(二) 被告永井は、右当時大阪府総務部用度課長(以下「用度課長」という。)の職にあった。
(三) 被告西野は、大阪府議会議員であり、昭和六二年六月六日から昭和六三年六月七日まで同府議会議長の職にあった。
(四) 被告吉村、同佐々木、同浅田、同川村、同西川、同岩見はいずれも、昭和六二年ないし昭和六三年当時大阪府議会議員の職にあった(以下、右被告ら六名を「本件被告府議会議員ら」という。)。
3 大阪府においては、一般の府議会議員に対しては、三名につき一台の庁用車が配車されているが、在職二五年以上の府議会議員(以下「在職二五年議員」という。)に対しては、かねてより各人に一台ずつ庁用車が専用自動車として配車される取扱になっている。本件被告府議会議員らに対しては、いずれも在職二五年に達した後、在職二五年議員に対するものとして、別紙「在職期間・配車期間一覧」記載のとおり、被告西川については昭和五五年四月三〇日から、被告岩見については昭和六一年五月四日から、その余の被告府議会議員らについては昭和六三年四月三〇日から、いずれも同年八月三一日以降まで(ただし、被告川村については同年六月七日まで)専用自動車の配車がなされた(以下これを「本件配車」という。)。
4 在職二五年議員に対する専用自動車の配車がなされるには、まず府議会議長が、ある議員が在職二五年に達するとその都度、知事宛に議員名を明らかにして配車依頼を行うのが実務慣行となっている。そして、それに対し、配車権限を有する知事が当該議員に対する配車決定を行い、これを受けて、大阪府処務規程四条八項三号、一八条、大阪府事務決裁規程六条一号により具体的配車について専決権限を有する用度課長が、車両及び担当運転職員を指定して当該議員に対する具体的配車行為を行うという手続によることになる(<書証番号略>、被告永井、同佐々木各本人尋問の結果)。
5 在職二五年議員に対し、専用自動車が配車されると、専用自動車の保管されている大阪府の第三車庫の運行管理者である車庫長が、当該議員の依頼を受けて、待機している当該議員担当の運転職員に出動命令を出し、運転職員は当該議員に当てられた庁用車を運転して当該議員の指示に従って運行を続け、用務が終われば第三車庫に戻り、次の出動に備えることになる。また、当該議員が長期出張や病気休養等により専用自動車を使用しないときには、その車は適宜一般共用自動車として使用されることもある(被告永井本人尋問の結果)。
6 原告らは、昭和六三年一〇月二八日、大阪府監査委員に対し、本件被告府議会議員らに対する本件配車は違法であり、これに伴う支出は違法支出であるとして、大阪府知事、大阪府議会議長及び関係議員、職員らにおいて本件配車に要した費用一七七一万八一〇〇円を大阪府に返還するよう求めて、監査請求を行ったが、監査委員は、同年一二月二七日付で、原告らに対し、監査請求は理由がない旨の通知をなした。
二原告らの主張
1 本件配車の違法性
(一) 普通地方公共団体は、いかなる給与その他の給付も法律又はこれに基く条例に基かずには、これをその職員に支給することができない(地方自治法(以下「法」という。)二〇四条の二)。本件配車は、在職二五年議員が公務のため専用自動車を各人に一台ずつ使用する必要性など全くなく、在職二五年議員につき他の議員と異なり各人に一台ずつ専用自動車を配車する何らの合理的な理由もないのに、専ら長年の勤続に対する特別のサービス給付、慰労の趣旨でなされたものである。また、在職二五年議員の専用自動車の現実の使用実態をみてみても、大部分が議員の公務と離れた個人的ないし党務的な用途に使われているのである。従って、このような専用自動車の配車は、永年勤続慰労金の代わりに運転手付専用車を現物給付したのと変わらないから、法二〇四条の二の「その他の給付」に当たり、法律、条例の根拠なくしてなされた本件配車は、同条に違反するから違法である。
(二) 本件配車が、議員の職務遂行の用に供するためになされたとしても、地方公共団体は、その事務を処理するに当たっては、最少の経費で最大の効果を挙げるようにしなければならず(法二条一三項)、また、経費は、その目的を達成するための必要且つ最少の限度をこえて、これを支出してはならないし、その財産は、その所有の目的に応じて最も効率的にこれを運用しなければならない(地方財政法四条、八条)。
ところが、本件配車についてみてみると、在職二五年議員について専用自動車の配車に関して他の議員と異なる取扱をする合理的理由がないのは前述のとおりである。そもそも大阪府では、議会各派の代表者会議の申し合わせによって、各派所属議員三名に一台の基準で庁用車が配車されているのであるから、府議会議員に対する専用自動車の割当としてはこれで十分なのであり、それ以上に在職二五年議員各自に一台ずつ専用自動車を配車する必要性はない。大阪府庁用自動車管理規程によっても、在職二五年議員各自に一台ずつ庁用自動車を配車する根拠となる規定はない。他の大都市部地方公共団体でも、大阪府ほど多くの専用自動車を一般議員に配車しているところはないし、在職二五年議員に特別に専用自動車を配車しているところはない。また、在職二五年議員の専用自動車の使用実態も、前述のとおり大部分が公務と離れた個人的ないし党務的な用途に使われているのである。
このような諸事情に鑑みれば、本件配車は、法二条一三項、地方財政法四条、八条等の趣旨に違反し、地方公共団体の財産管理にあたって認められた裁量権の範囲を逸脱した違法なものというべきである。
2 被告らの責任
(一) 被告岸は、大阪府知事として、庁用車の管理、配車の権限を有し、善良な管理者の注意義務をもってその権限を行使すべきところ、故意又は過失によってその管理義務を怠り、違法な本件配車の決定を行ったのであるから、法二四二条の二第一項四号前段により、大阪府が本件配車により被った損害を賠償する責任がある。
(二) 被告永井は、用度課長として、具体的な庁用車の管理、配車について専決権限を有し、善良な管理者の注意義務をもってその権限を行使すべきところ、故意又は過失によってその管理義務を怠り、在職二五年議員に対する具体的な配車を行ったのであるから、被告岸と共同して違法な本件配車を行ったものとして、被告岸同様大阪府が本件配車により被った損害を賠償する責任がある。
(三) 被告西野は、大阪府議会議長として、昭和六三年四月三〇日に被告吉村、同佐々木、同浅田、同川村に対してなされた本件配車に関し、それが違法であることを知り、あるいは知りうべきであったのに、それに先立って知事たる被告岸に配車の依頼を行い、違法な本件配車をなすよう働きかけて共同不法行為に加担したものである。従って、被告西野は、法二四二条の二第一項四号後段の違法な行為に係る相手方として、大阪府が本件配車により被った損害を賠償する責任がある。
(四) 本件被告府議会議員らは、本件配車が違法であることを知り、あるいは知りうべきであったのに、違法な本件配車を受けたものであるから、法二四二条の二第一項四号後段の違法な行為に係る相手方として、大阪府が本件配車により被った損害を賠償する責任がある。
3 損害
被告西川、同岩見に対する本件配車に係る損害としては、昭和六二年九月一日から昭和六三年八月三一日までの分の賠償を請求する。その額は、別紙「本件専用車支給による損害」Ⅰ項記載のとおりで、各被告につき五九〇万六〇〇〇円となる。
被告吉村、同佐々木、同浅田、同川村に対する本件配車に係る損害としては、昭和六三年六月一日から同年八月三一日までの分(被告川村に対する配車については同年六月七日までの分)の賠償を請求する。その額は、別紙「本件専用車支給による損害」Ⅱ項記載のとおりで、各被告につき一四七万六五〇〇円(被告川村については一一万二三四二円)である。よって、原告らは大阪府の住民として、大阪府に代位して、被告らに対し、第一記載のとおりの請求をする。
三原告らの主張に対する被告らの反論
1 原告らの主張1(本件配車の違法性)について
(一) 専用自動車の配車というのは、大阪府が保有する庁用車のうちから必要台数を配車し、それに合わせて大阪府の運転職員を配属せしめるというだけのことであって、そこに何らの財政支出行為をも伴うものではない。もし在職二五年議員の専用自動車としての配車がなされなければ、当該車両は他の専用自動車又は一般共用自動車として使用されるだけのことである。従って、配車行為は違法な公金の支出を何ら伴わないから、原告らの主張は理由がない。
(二) 本件配車は、議会各派の代表者会議における申し合わせを受けて、大阪府庁用自動車管理規程五条に基づき、在職二五年議員の職務遂行の用に供するためになされたものであるから、何ら違法なものではないし、法二〇四条の二の「その他の給付」に当たらない。
また、そもそも、法二〇四条の二と地方公務員法二五条一項の規定の趣旨、両条の対比及び地方公務員法の地方自治法に対する補充的性格に鑑みると、法二〇四条の二の「その他の給付」とは、地方公務員法二五条一項に規定された「金銭又は有価物」と同義であると解せられるから、車両の無償使用のような便益の供与はこれに含まれない。のみならず、法二〇四条の二の「その他の給付」とは、法の立法経過や前後の脈絡からいって、基本的に、同条が置かれている法第八章に規定されている給付のうち、給与たる性質を有する二〇三条の報酬、二〇四条の給料及び各種手当以外の、二〇三条の費用弁償、二〇四条の旅費、二〇五条の退職年金及び退職一時金を意味すると解せられる。従って、このような給与に準ずる、職務遂行に対する反対給付ないし対価又は実費弁償たる性質を有するものでなければならず、職務遂行に必要な交通手段の提供のような便益の供与はこれに含まれないから、この意味においても、本件配車は「その他の給付」に当たらない。
(三) 大阪府が庁用車を如何なる用途に使用するかは、大阪府庁用自動車管理規程に定める使用基準に準拠する限り、専ら知事の裁量に委ねられている。府議会議員に対して、同規程四条、五条に定める基準(議会の議員は職務遂行のため庁用車を使用できる旨規定されている。)に則りその職務遂行の用に供するために庁用車を配車できることは当然であり、その場合いかなる台数の車両を割り当てるかは、知事の裁量に委ねられている問題である。被告岸としては、在職二五年議員にあっては、議会の要職を歴任するなど長年にわたる経験を生かしての、円滑、適正な議会運営のための調整役、政府への重要課題の企画、調整及び執行の各段階における知事等への助言、調整、政府の推進にかかわる国、市町村、その他の団体との連携、調整等、府政推進の中心的な存在としての格別の職務が要請されており、他の議員に比較して、その職務は議会の調整役としての役割を中心にかなり広い範囲に及んでいると判断し、本件配車を行ったもので、その判断に何ら不適切な点はないが、たとえ妥当性を欠くところがあったとしても、それは単に当、不当の問題に過ぎないのであって、およそ違法性の問題を生ずる余地はない。従って、本件配車の決定に裁量権の範囲を逸脱した違法はない。
2 原告らの主張2(被告らの責任)について
(一) 原告らは、在職二五年議員に対する専用自動車の配車決定そのものを違法な行為として問題にしているのであるから、被告岸の本件配車の決定を受けて車両と運転職員を指定し具体的な配車行為を行ったに過ぎない被告永井には、何らの責任もないことは明らかである。
(二) 被告西野は、府議会議長として配車権限を有する被告岸に本件配車の依頼を行ったに過ぎないのであり、同被告と共同して不法行為を行ったものではないし、自らが本件配車を受けたわけではないのであるから、法二四二条の二第一項四号後段の違法な行為に係る相手方に該当しないことは明らかである。従って、同被告に対する請求も明らかに失当である。
第三争点に対する判断
一本件配車の違法性について検討するに、<書証番号略>及び被告永井、同佐々木各本人尋問の結果によれば、以下の事実が認められる。
1 大阪府においては、庁用車の使用、整備及び保管について必要な事項に関し、大阪府庁用自動車管理規程が定められており、これによれば、庁用車を使用することができる場合の一つとして、知事、議会の議員、行政委員会の委員その他の一定の要職にある職員(以下「知事等」という。)が職務の遂行のために使用する場合が挙げられ(四条一号)、庁用車のうち専ら知事等の職務の遂行の用に供しているもの(専用自動車)は知事等が第四条に規定する使用基準に基づき使用するものとすると定められている(五条)。即ち、同規程によれば、府議会議員は、職務の遂行のため庁用車を専用自動車として使用することができるとされているのであって、それ以上に府議会議員の専用自動車の使用基準につき具体的な定めはなされていない。
2 大阪府における議員に対する庁用車の配車は、右規程に則り、具体的には次のようになされている。即ち、一般の議員については、昭和四六年以降、議員改選の都度府議会各派の代表者会議(府議会の正副議長及び各派の代表者(幹事長)が会して、議会の運営に関する案件を協議するとともに、議会の各種の申し合わせ事項について確認し、あるいは協議するための会議)において、職務遂行の用に供するため各派所属議員三名に一台の基準でもって専用自動車を割り当てる旨の申し合わせがなされ、あるいはその申し合わせ内容が確認されて、このような申し合わせがなされると、慣行として、府議会議長から知事に対して、右申し合わせの内容に従った配車を実施するよう依頼がなされる。そして、これを受けて知事が議員三名に一台の基準で専用自動車を配車する旨決定し、配車が行われている。在職二五年議員については、昭和三七年以降、同様に議員改選の都度府議会各派の代表者会議において、職務遂行の用に供するため各議員に一台ずつ専用自動車を配車する旨の申し合わせがなされ、あるいはその申し合わせ内容が確認されて、議員が在職二五年に達すると、その都度、府議会議長から知事に対して、右申し合わせの内容に従い当該議員に配車するよう依頼がなされ、これを受けて知事が当該議員に対する専用自動車の配車を決定し、配車が行われている。
3 本件配車も、右規程に基づき、右のような手続に従って、知事たる被告岸によって、専ら在職二五年議員の職務遂行の用に供する目的でその決定がなされ、実施されたものであって、議員の私的な用に供されることを容認しながらなされたものではない。
<書証番号略>及び被告佐々木本人尋問の結果によれば、本件被告府議会議員らの専用自動車の使用実態の中には、所属する党の研修会への参加のため遠方まで赴くのに専用自動車を使用するなど、厳密にいえば議員の職務の遂行のための使用といえるか否か疑問のあるものも散見されるが、このことが右3の、本件配車が専ら議員の職務遂行の用に供する目的でなされたという事実認定の妨げになるわけではないし、他に右1ないし3の認定を左右するに足る証拠はない。
二以上の認定事実に基づき原告らの主張の当否について検討するに、原告らの主張1(一)の趣旨は必ずしも明らかではないが、本件配車が長年の勤続に対する特別のサービス給付、慰労の趣旨で議員の私的な用に供されることをも容認しつつなされたことを前提とし、その点を捉えて違法であるというのであれば、前記認定のとおり本件配車は専ら議員の職務遂行の用に供するためになされたものであるから、その主張の前提を欠き、理由がない。
また、原告らの右主張が、本件配車が議員の職務遂行の用に供するためになされたことを前提とするのであれば、私的な用に供しうるものではなくそのように専ら職務遂行の用に供するためのものとしての本件配車による便益の供与が法二〇四条の二の「その他の給付」に当たらないことは明らかであるから、やはり理由がない。
三前記認定のとおり、本件配車は在職二五年議員の職務遂行の用に供する目的でなされたもので、議員の私的な用に供されることを容認してなされたものではない。原告らの主張1(二)は、そのことを前提として、それが、庁用車を、本来他のより有効な行政目的に使用できるのに、在職二五年議員のための配車という合理的必要性に乏しい非効果的な行政目的に使用したものであるから、地方公共団体の財産を効果的、効率的に運用しなければならない旨定めた法二条一三項や地方財政法四条、八条等の趣旨に反するというのである。即ち、これは、直接公共団体の用に供される公用財産たる庁用車を、行政目的の観点からみてもっと有効な公共団体の他の用途に使用できるのに、非効果的、非効率的な公共団体の用途に当てるもので、非有効的な公物利用であるから違法であるというのであって、専ら公用財産の行政目的的観点からした利用の有効性、適切性を問題とするものといえる。従って、公用財産についての行政管理の適否を問うものであり、その財産的価値に着目し、その価値の維持、保全を図るという財務管理的観点から行為の適否を問題とするものではないから、このような主張は、住民訴訟の対象となる財務会計上の行為の違法性を理由とするものとはいえない。よって、右主張は、理由のないことが明らかである。
四以上によれば、その余の点について判断するまでもなく、原告らの請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官松尾政行 裁判官山垣清正 裁判官明石万起子)
別紙<省略>